"結ぶ"スーパースター
僕は定期テストの前になると急に部屋の掃除を始めるタイプの人間だ。もっとも掃除をしていたのは中学2年までで、その後はアニメやゲームなどより強力で確実な現実逃避に走るようになった。
大学入試本番に至っては試験会場に筆記用具と哲学書だけを持ちこみ、なんとか学歴社会自体を相対化できないものかと試みていたものだ。
船木結の卒業コンサート会場においては筆記試験も面接も予定されていなかったのだが、卒業という現実から逃避せんと心が花道を全力ダッシュをするものだから、前日になってもアイマスの動画を見てしまっていた。
「アイマス」といっても無論アイドル・マスターのことではない。
皆さんご存知、アイザイア・トーマスだ。
とはいえ世の中には船木結を知らない人もいるから、アイマスのことを知らない人もいるかもしれない。
アイマスはバスケの最高峰NBAの選手である。NBA選手の平均身長は2mを超える。だがアイマスの身長は公称175cm(実際は172cm程度)しかない。熊井友理奈だけで構成されたBerryz工房に、船木結が混じっているようなものだ。
失礼。少々誇張が入ってしまった。
宮本佳林が混じっているようなものである。
NBAでは毎年全30チームがそれぞれ二人ずつ、合計60人がドラフトで指名されるが、アイマスはその小さな体のせいか、ちょうど60位であった。
ちなみに1~14位まではロッタリーピックと呼ばれ、未来のスター候補が指名される。日本人初のNBAドラフト指名を受けた八村塁は9位。何度見ても凄まじい。彼なら娘。12期オーデにも一発合格できるかもしれない。少なくともフィジカル面は即戦力だろう。
一方、アイマスの60位はいわば育成枠である。この順位で指名されるような選手のほとんどは数試合のみの出場、または全く試合に出ずにリーグを去ることになる。NGT(ナイスガールトレイニー)より厳しい。
さて、ハロメンにもスキルメンやポンコツ枠など様々なタイプがいるように、NBAにも色々な選手がいる。それを大きく二つに分けるなら、スターとロールプレイヤーだ。
スターとはずばり主役。チームの中心となる選手だ。スターは圧倒的な身体能力や高さ、技術、IQなど他の選手には真似できない要素をいくつか持っており、チームの戦い方を決定づける。
それに対してロールプレイヤーはそれ以外だ。スターが長所を発揮するのを助け、スターに欠けている部分を補い、限定的だがチームに必要なロール(役割)を担う選手達である。
9位ならスターを目指すのも当然だが、60位指名なんてなんとかロールプレイヤーになれれば御の字といったところ。なのだが、アイマスは違った。
小さい体でも圧倒的なスピードと、高いシュート力を持つアイマスは、徐々に実力を認められる。そしてその攻撃力を買われ、移籍した強豪ボストン・セルティックスにおいて中心選手に抜擢されたのだ。
得点王にも迫る勢いで得点を量産し、チームを勝たせたアイマスはオール・スターにも選ばれ、名実ともにスター選手となった。
福田まろ先生もびっくりのシンデレラ・ストーリーである。
だが、物語はハッピーエンドで終わらない。
活躍の末、ドラフト1位のスーパースター選手とトレードされるというある意味快挙を成し遂げたアイマスだったが、その直後、怪我により大きくパフォーマンスを落としてしまう。
オフェンスでは身長が低くてもスピードやシュート力によってカバーできる部分が大きいが、ディフェンス面ではサイズの小ささというのはより明確な不利だ。これまでそのディフェンス面はチームメイトがカバーしてくれていたのだが、肝心の得点能力が落ちたアイマスを中心に据えれば、もはやマイナス面の方が大きい。
オフェンス力が落ち、ディフェンスの穴になってしまうアイマスはロールプレイヤーとしても扱い辛く、徐々に居場所を失った。いつくつかチームを点々とした後、今年2月に解雇されてからは無所属となっている。
現在シーズン開幕直前で各チームがキャンプに入る中、アイマスの動静は聞こえてこない。このままNBAから去ってしまうのだろうか...
と、ここまで長々と書いてきたが、アイマスと今回の主役である船木結の共通点は小さいことくらいで、むしろ真逆の存在だと言える。
そもそもハロプロではサイズが小さいことはオフェンス面においてもディフェンス面においてもそれほどマイナスになることはなく、むしろプラスが大きい。
ふなちゃんはすごく小さいが、まずそれだけですごく可愛い。その上顔が非常に可愛い。更には歌、ダンスは未経験ながらすぐに研修生トップに達する天賦の才があり、可愛い顔してコテコテの関西弁で機転が効く。あらゆる面がハイレベルと嗣永桃子が太鼓判を押した超逸材である。
まさにドラフト全体1位。いざスター街道まっしぐらだ。
だが、デビュー後約5年間を振り返ってみれば、船木結はスターというよりは、極めて優秀なロールプレイヤーと呼ぶべき存在だったと思う。
最初に新メンバーとして加入したカントリー・ガールズの中心にいたのは稲場愛香であり、嗣永桃子であり、森戸知沙希だった。
ふなちゃんは加入当初から抜群の歌唱力を披露し多くの歌割りを担っていたが、あくまでカントリー・ガールズの可愛い路線を守り、スキルよりもそのコミカルでお茶目なキャラクターを前面に出してきた。
やなみんという正反対のキャラを持つ相方とお互いの良さを引き出し合う。最年少ながら周りをよく観察し、わかりやすく己のキャラをデフォルメしていったのは模範的な嗣永塾生と言えると同時に、まさにロールプレイヤー的な態度である。
この態度はアンジュルムに兼任という形で加入してからも同様だったように思う。
カリスマ的リーダー和田彩花のもと十人十色で個性が弾け合うアンジュルムにおいて、共にハイテンションで騒ぎ一体となりながら、それぞれのメンバー、そして己自身をどこか俯瞰するように見ていた。
パフォーマンス面では、カントリー・ガールズとは真逆のアグレッシブなイメージをしっかりと体現していた。ふなちゃんのハスキーでパワフルな声と小さい体をダイミナミックに揺らすダンスは、アンジュルムのステージに幾重もの厚みを増し加えていた。
中心には和田彩花がおり、佐々木莉佳子や上國料萌衣といったエースの器を持つメンバーがいる横で、一見元気に前へ前へと出るだけに見えて、足りないところを補うバランサーの役割を果たしていた。
ただ、少し様子が変わったのが奇しくもグループでの活動ができなくなり、卒業も延期となってしまった2020年であった。
これまでとは違い、ソロでのパフォーマンスのみとなったハロコンで、その実力が明らかになった。
憑依したように曲に入りこんで場を掌握するふなちゃんは、紛れもないスターだった。
FCイベントでは一人でこれを歌うのかという変幻自在のヘビーなセットリストを完璧に歌いこなしていた。
アイドルの天才。
その真骨頂が今日の公演におけるメドレーだったように思う。現メンバー7人とのデュオと新メンバー3人とのユニット、計8曲16分にも及ぶメドレーをノンストップで行う様は圧巻だった。
時に可愛く、時にカッコよく、時に切なく。表情豊かに歌うふなちゃんは勿論、一緒に歌うメンバーまで魅力がより引き出されているのが見事だった。
その後「キソクタダシクウツクシク」では中心にふなちゃんがいることでパフォーマンスが一気にまとまったように見えた。
アンジュルムとしても初めて8人体制で挑む武道館。準備には時間的にも物理的にも制限がある中で、いくつかミスもあった。
それでもリーダーたけちゃんは気迫を感じさせ、カミコは一段とエースの風格を纏い、かっさーはあやちょのような威厳を放っていた。
ふなちゃん自身が言ったように、今日はふなちゃんが主役。ふなちゃんの門出を全力で祝う。そこに向けてグループが一つになったような迫力を感じた。
武道館の真ん中で輝くふなちゃんは最高のスーパー・スターだった。そして、その存在がアンジュルムというグループを再び一つに結び合わせていくのを感じ、拍手が止まらなかった。
最後のメンバーからの挨拶では、一人一人違う関係性ながら、深く結びつき合い、愛されているのが伝わってきた。
アンジュルムの第二章は、ややほろ苦いものであった。宙ぶらりんになったふなちゃんの卒業も、他のメンバーにとって多くの葛藤を産んでいた。
でも、ふなちゃんが何度も繰り返した"大好き"という言葉はそれを救ってくれた。
ふなちゃんはこれまでロールプレイヤーとしての務めを立派に果たした。ハロプロ人生の中であらゆる役割を与られ、その全てにしっかりと応えてきた。あんまりにもたくさんの役割があって押しつぶされてしまんじゃないかと心配になった時もあった。
大きな運命の波に翻弄されながらも、カントリーも、アンジュも、おはスタも、自分が関わった存在を大好きだと言い涙を流すふなちゃんはいつも美しかった。誰よりも多くの役割を引き受け、それを愛してしまうのはふなちゃんの1番の強さだ。
ふなちゃんの愛は、人を結ぶ。
その名前の由来のように。
ふなちゃんへ
今日は本当に1番可愛かったよ。
色々書いたけどほとんどいつも可愛いとしか思ってない。最初から最後までずっと可愛かった。声が出せないのが辛かったよ。
帰りたくないな、めっちゃ良かった。超儚かった。泣いちゃった。
本当に卒業おめでとう。寂しいけれど、発表があってからずっとふなちゃんには自由に羽ばたいて欲しいと思っていた。
今度は自由に君の役割を選べたらと良いなと思っている。
ふなちゃんが夢に見た自分になってくれたら良いなと思う。
君がこれから歩む、君の人生の真ん中で、一番可愛く輝くスーパースターになってくれと願う。
最後に、ちょっとだけ、こっそりね、また君に会えたらと思いながら、エールを送るよ。
大好き。